豊臣秀吉が行った醍醐の花見、
慶長3年(1598)の春、秀吉は、
息子・秀頼や正室・北政所(きたのまんどころ)、側室の淀、三の丸など
女房衆1300人余りが参加したといわれています
この故事にならって、「豊太閤花見行列」が開催されます
三宝院を出て、金堂まで行列し、金堂に整列します(見物のため)
奉納行事は、朗詠、舞楽、狂言と続き、殺陣と続き、最後が小学生の花見踊りです
すべてが終わると、三宝院に引き上げます
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